ほぼ転出日が近い引越しを要望しても

 ところが、実に意外だったのは、この時のホンダ首脳陣の反応だった。
「うちは (米国の) シェア・ナンバーワンに、それほどこだわりませんから……。数合わせだけをやってもしようがない。台数を押し込むのは総合力で見ればよくない。(トヨタさんは)体力があるからできるんで……」 (当時常務だった福井威夫・現専務)

 しかし、ホンダ側の予想外の態度の裏側にはこんな事情があった。その前年ホンダは日本国内で「鮒(ハチマル)作戦」なる増販計画を展開し、自社最高の八〇万台を販売するのに必死だったのだ。九七年はステップワゴンのヒットに後押しされ、数合わせを狙った強引な〝押し込み″を猛烈展開した経緯がある。当時米国アコードの開発を担当した加美陽三 (現・上席研究員)も、「作ったものが全部売れて、クルマがヒットだと分かればそれで満足しています。要は、作れるかどうかの話だけです」 と気にとめるでもない。